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May 12, 2008 6:00 AM
5月7日。7:30出発。
ユニセフ号は、今日も道なき道を走る。 前方に見えるのもユニセフのランクルです。 この道を車が通るのは、どれぐらい振りなのだろう。
ひどい山道を1時間以上走る。 ボッコポコでまるでラリーレースのよう。 腰の運動不足がちょっと解消?
着いた早々、いきなり案内されたのは、 小学校に隣接する教師用の住まい。 屋根にヘチマなんかなってて、なんかカワイー。
でも、中はとても狭いのなんの。 寝室は三畳ぐらい。 リビング?も三畳ぐらい。 もちろん電気はありません。 水道もありません。
水は近くの井戸から。 水質はセーフだそう。
キッチンは離れに。 その離れの向こう側に、
おトイレ。
これが、思っていたほどでもなく、 そうひどいものでもありませんでした。 強い直射日光のせいで、自然消毒、匂いもまったくありません。 空を仰ぎながらなんて、気持ち良さそう。 でも、雨期は大変な生活になるだろう。 この住まいは、この地域の人たちが、先生のために用意したという。
これが小学校。
一年生から四年生までが勉強しています。 教員はふたりしかいません。 教室は四つしかありません。 電気も窓ガラスもありません。 教科書もありません。 いま320名いる生徒は交代で青空学級。 この日はどこからかヘルプの教員がふたり来ていたようです。
普段はひとりの先生が160人をみています。 もちろん給食もお弁当もないので、 授業はお昼前に終わります。
写真にすると素敵にみえるのにね。
三年生のクラスです。 この学区の小学校に通うべき子供は1000人以上いますが、 登校できているのは、わずかに320名ほど。 貧しかったり、遠かったり、理由は単純です。 英語で簡単なあいさつをしましたが、 英語通じます。日本の子供よりずっと上手です。 いまはいちばん気候のいいとき。 こんな教室うらやましい!と思ってしまうけれど、 雨期を想像したら、どんなにひどいだろう。 通学路には(ってかさっきの山道)はワニもあふれてくるそうで、とても危険。 なにしろ、教室もなければ、傘もない! バッグなど持ってる子はひとりもいません。 百回ぐらい使ったような、ポリ袋にノートとボールペンを入れていました。 靴を履いてる子は数人しかいません。 縫い直してあげれないものなのか・・・。
校舎の中を覗いてみました。 ノートがもったいないので、 ちびたチョークを渡されて、床で文字の書き取りです。 めずらしいお客さんが現れ、張り切ってみんな手を挙げます。
トイレはふたつだけ。これは大用。 女の子の登校率を上げるには、 女子トイレを充実させると良いそうだ。 生理のときに、自宅にいるより良いから、喜んで登校するんだそう。
これは小用のトイレ。 男の子用と女の子用があります。 見えないように柵になってるだけで、 地面にそのまましちゃいます。
日光が強烈で、すぐ蒸発してしまうので、匂いはしません。 紙はどうしているのか、聞けませんでした。 (たぶん拭かない)
いまはいいけど、 やはり、雨期が大問題のようです。
どの家も、こんな設えだそうです。
教育こそが未来への扉であるこの国です。 全国の小学校は5100校ありますが、あと5000校足りないそうです。 4年生ぐらいになると、 一家の働き手として、通学が困難になる子も増え、 こんな山村では、7〜8割の子供がドロップアウト。
マラウイ全体の大学進学率は3%だそうです。 中学校はここから遠く15キロ離れたところにしかないそうで、 遠すぎて、どの子もやめてしまうそう。 それで、大きい子は昼間からヒマそうにしています。
一ヶ月に一度の教員研修には、 ここから38キロの距離を自転車で通うそうです。
先生も不満そうでした。 教員の月給は70ドルぐらいだそう。
てか、 無性に腹が立つ。 なんで、ここの住人たち、 こんな山奥に住んでいるんだ? 町へ下りたりはしないのかな? 仕事がないないって、 こんな山奥では、仕事なんかあるわけない。 仕事は作るもんだ! ヘタに野生のパパイヤやトウモロコシが育つからいけないんだ! どうして、もっと効率をあげようとか、アイデアを出さないのか?
文明人の疑問は募るばかり・・・・。
これは、帰り道に見かけた他の小学校の教員用住宅。 この辺りでは、目を見張るほどの豪邸。 ある日本人女性が寄付したそうです。 建設費用は約5000ドルぐらいだそうです。
つまり、教員を確保するにも、 これぐらい優遇しないと、 来てもらえないのである。
さて、今日はここまで。 続きはまだまだあるのよ。。。。
May 12, 2008 3:00 AM
5月6日午後。
昼食を終えて、ある村へと向かう。 また1時間ぐらい走る。 電気もない、テレビもない、お金もない、 つまり、情報も教育もない、 そんな暮らしをする人たちのために、
HIV、家族計画、コンドーム、母子感染、あらゆる知識を啓蒙するために、 考えられた手段。
それは、劇場だという。 NGOスタッフが開発支援し、 村人が参加し演じ、運営するワークショップだそうだ。 それを見に行くスケジュール。
くねくねくねくね、道無き道を走れども、草むらばかり。 こんなところに劇場ってあるの?
到着。
な? な ! な ! な ! ? なんですかっ ! ! !? なにごと〜? 車が着いたその瞬間、人々がいっせいに歌い踊り出した。 ほこりが一緒に舞い上がる。
同行したカメラマンは思わず、車の屋根に飛び登り撮影。
ニッポン代表、ノグチミカ、 ・・・・微妙にドン引き。
よくテレビのドキュメントでやってたアレです。 歓迎のダンス。 まじかよ。
こんなこと毎回やっているのかと、驚きでしたが、 そもそも、客などめったに来ないそうです。
いやあ、衝撃のド迫力でした。
なぜか、中央の貴賓席?に案内され、 観劇をすることに・・・。 ニッポン人は恥ずかしがりやなんだからサー。 もぉ、聞いてないよぉー。
村の長老会と思われるみなさん。
歌と踊りがうまい。うますぎる! なんじゃ、これ。
青空の下なのにものすごく音がいい。 空気が乾いているから?
ゴスペルに通じるようなコーラスのハーモニーには、 思わず、じいーーん。 リズムの天才たち。 隣で同時通訳(チェワ語→英語)をしてくれるお兄さん。 ちなみに、さっき感動した歌は、 コンドームつけよう♪コンドームつけよう♪幸せのためにコンドームつけよう♪ みたいな詩だそうだ。 がっくん。(滑って転ぶ音)
なあんだ、劇場ってこの広場のことなのでした。。。 そして、舞台は始まった。 隣の通訳さんがいちいち解説してくれる。 この夫婦は5年子供ができなくて、 そこでダンナが提案しました。 俺の友達と寝てみなよ、と。
(げ。まじ。。。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 子供が出来ない夫婦は、仲間はずれにされたり、 立場がよくないことが多いそうで、 その問題を解消するための伝統的なワザなんだそうです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本当に他に楽しみがないので、 みんなぞろぞろ観にきます。
劇はもちろん、わたしたちのことも。
その数あっというまに1000人近く。 周りにはなんにもないのに、どこからどうやって集まってきたのだろう・・・。
やった、やらない、みたいな話を子供たちにも見せて(わかるのかね?)、 小さな頃から啓蒙です。
・・・ついに妊娠した奥さんは、 どこで子供を産むかが、また家庭問題となります。 ダンナと祖母の間で。 病院で産まなければ、赤ちゃんはHIVに感染してしまいます。 ここでちょっとした、渡る世間は鬼ばかり的な、すったもんだがあったりして、 広場は何度も大笑いに包まれます。
うう。可愛い。 未来の美女発見。
何の音響も美術もないのに、 観衆を見事に巻き込む演技力と演出、そして、コーラスは素晴らしく、 2時間のパフォーマンスも佳境に。 よぼよぼのお爺さんが出てきたと思いきや、 信じられないほどキレの良い腰の動き。 さすが、アフリカン。
セックスの動きがそのままダンスになってます。
奥ゆかしい日本人には考えられない振り付けです。
オープンというか、 おおらかというか、
貧困すぎて、日々の楽しみがソレしかないので、 HIVが流行ってしまった原因でもあります。 でも、なんで、人から人へそんなに移るの? ・・・。 愚問のようです。
こんなに日差しが素敵で、 人々はおおらかで、 悲しみを感じることはありませんでしたが、 人々をよく見ると、 たくさんの子供と若い夫婦と、あとはお年寄り。 30代、40代の人たちがあまりいません。 その世代の人たちの多くをエイズで失ったそうです。
お開きになったら、囲まれました。 ハイタッチをしながら退散しました。 わたしは、めずらしい生き物です。
村の最長老だというおばあさんに感謝の挨拶を。 アンタ、この布ちゃんと巻きなさいよ、だらしない。 または、コレちょうだい。 と、そうたぶん言われているっぽいが、言葉わからず。
美しい顔をした子供ばかり。
お土産も持ってこなかったし、 その場で何かをあげることもできなかった。
国内は、このような村ばかりだそうだ。 この村だけに、何かすることはできない。 でも、会っちゃってしまったら、 人情がわいてくるのだけは、 どうしようもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
マラウイは人口のおよそ65%の人が、 一日1ドル以下で暮らす、 世界で最も貧しい国のひとつです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしが、どこの誰かも知らないくせに、 まるで浜崎あゆみが来たかのようないきおいです。 車を追いかけて、子供たちがいつまでも手を降っていました。 村を離れて30分ぐらいで日が暮れてきました。 あの人たち、電気もなくて、今日の晩ご飯どうするのかしら。 子供はもう寝るんだろうな。 いや、もう寝るしかないんだろう。
May 12, 2008 1:30 AM
5月6日。
ベイラー小児病院を後に、 昼食をしに、湖畔のホテルへ向かう。
集落を横目に、 車は一本道をガンガン飛ばす。
1時間走ってもまだ着かない。 ニンゲンて、ちっちぇえなぁ。
走っても走っても、見渡す限りなんにもない。 マラウイは資源がなかったために、紛争や他国の干渉を受けずに済んだという。
ところが、
厳重な警備の門を抜けると、 目の前に広がったのは、静寂な湖。 波がないので、静か。 例えようもない穏やかな風景を独占するのは、数名のウエスタンギャル(笑)。
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マラウイ湖は、全長600キロメートルほどもある。 国土の20%はこの湖である。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自信を持って、客人を案内出来る数少ない場所なのだろう。
美味しかった! じゃがいもや鶏肉、そして、大根の葉っぱだと思われる素朴な野菜たち。 まさか、こんな素敵なところに来られるなんて! うきうきのアタクシ。
貴重な外貨獲得、観光収入の得られる場である。
しかし、空港からここまで100キロの道程、 貧困な集落の景色が、次々と車窓に飛び込んでくる体験をしなければ、 ここには着かない。
本当に本当に素敵なリゾート地なんですけれども、 なんか、申し訳なくて、だらだらする気になれるか、どうかねえ。。。。
May 11, 2008 11:00 PM
9:00出発、ベイラー小児治療センターへ。
世界で8つしかない最新技術を持つHIV専門小児病院だそう。
なんだ、ずいぶん余裕あるじゃん? と、最初は、正直そう思った。
建物が結構りっぱなんだもん。
子供のHIVって、先進国にはないんだから、世界に8つしかないってのも当たり前だと思った。
門の壁には、協賛?するスポンサーの名前が掲げられて。
でも、敷地の外はこんな感じ。
来院する人目当てのレストランがあったり。
ここでは、HIVに感染した子供たちを1日に70人ぐらい診ているそうです。 カウンセリングをし、検査をし、薬を処方します。
すべて無料。
彼らは、アメリカのヒューストンにある、ベイヤー医科大学から派遣されてきた医師団です。 いま総勢50名派遣されていて、マラウイ各地の診療所を巡回しているそうです。 このセンターが医師や看護婦たちの研修施設であり、拠点地だそう。
すべての費用は、さっきの外壁に貼ってあるような、 アメリカの製薬会社や様々な寄付活動によって、賄われているそうです。 だから、患者は無料で診てもらえます。 でも、その数はたった1700人。幸運な1700人。 それが、ここでのキャパシティであり、 ここまでとたどり着くための情報や足を持つ人が少ないのです。
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マラウイの人口は約1300万人。 15〜49歳のHIV感染率は14 %。 エイズが原因で死亡する人は年間87000人。 5人に1人の妊婦はHIV感染者。 HIVの子供のほとんどが出生時に感染。 両親をエイズでなくした孤児の数、50万人。
Dr. Peter Kazembe 院長自らが、建物内の隅から隅まで案内してくれました。 (眼鏡のおっちゃん。日本人にもいそうな気のいい親方タイプ。) お忙しいのにすみません、と恐縮すると、 いやいや、スポンサー候補者のお相手は重要な仕事です、 と大まじめ。
昔、車のレースを見学に行ったときを思い出す。 レース前で慌ただしいはずなのに、 素人が入り込んで邪魔だろうに、 コックピットのスタッフは誰もが、ものすごく親切で愛想が良く、驚いたものだった。 結局、スポンサーにならなかったけど。
HIV治療は、今日では抗レトロウイルス薬の発明により、 劇的にエイズの発症を減らす事ができるようになりました。
生涯、薬を飲み続けることで発症を押さえることができるのです。
診察を受けるのは1日がかり。 みんな、ヒマを持て余して近寄ってきます。 おお! この子超かわいー♪
未来のジャネット・ジャクソン発見。
外へ出て、
赤ちゃんを抱っこするお母さんに話しかけると、 すっと、手のひらが伸びてきました。 同情するなら金をくれ、という、 とてもはっきりとした意思でした。
May 11, 2008 10:30 AM
旅の最後に、 仕事が入ったので香港に2泊することにしました。 南アフリカから13時間。 朝九時にはホテルに到着。
大好きないつもの部屋に着いたら、
ほっとしました。
PEACH JOHN President野口美佳